古き長州人体現した作家
歴史小説で知られた古川薫さんの作家人生は、今から半世紀前の「明治百年」の波の中で始まっている。ただし、長州(山口県)に根差して活動した古川が当初描いたのは、幕末長州史の光ではなく、どちらかと言えば影の部分だった。ほぼ同世代の司馬遼太郎が、坂本龍馬をはじめ英雄を主人公に据えた大作を次々と発表しているのとは対照的であった。
昭和四十年(一八六五)に地元同人誌に書いたデビュー作の短編『走狗』で、初めて直木賞候補になった。主人公の大楽源太郎は、新時代の波に乗れず、明治に入り暗殺された悲劇の人である。
続く『幕末長州の舞台裏』と『獅子の廊下』は、高杉晋作らとの藩内抗争で敗れて処刑された「俗論党」の椋梨藤太を描く。史料の大半が失われ、地元でも「悪役」扱いの椋梨を主人公にした、唯一の小説だろう。
他にも理不尽な切腹命令に抵抗する家老の福原越後や、女囚に恋する吉田松陰など、昭和四十年代から五十年代にかけて、郷土史の片隅から地味な素材を発掘し、作品化したものが多い。新聞記者出身のジャーナリスト魂が、明治維新に疑問を投げかけた。軍国少年として育った世代だけに、「国家」「権力」に対する不信感も強かったはずだ。
そうした前半期の古川さんの集大成が、昭和五十六年の『暗殺の森』である。明治天皇につながる公家の中山忠光を、長州藩がひそかに暗殺した事件の謎を、後世の新聞記者が権力側の圧力と戦いながら暴いてゆく歴史サスペンス。主人公の記者に、自身を投影させたことは想像に難くない。
私も多感な十代後半、こうした作品群を熱心に愛読した一人であり、強い影響を受けた。ところが、下関出身のオペラ歌手藤原義江を主人公にした『漂白者のアリア』で平成三年に直木賞を受賞した頃から、作風の変化が見られるようになる。それは、作家自身の生き方とも重なっていたようにも見える。
長州出身の創業者を持つ大学や大企業とコラボレーションした偉人伝など、栄達を遂げた長州人を主人公に据えた作品が増えていった。また、やはり長州出身の日露戦争の英雄・乃木希典に対して批判的だった司馬が平成八年に亡くなるや、『軍神』『斜陽に立つ』といったアンチテーゼ的作品も書いた。
それらは、同郷人としての身内びいきのようなものが感じられ、私などは共感出来なかった。批判的な視点が希薄になったのは、地元の政治家や行政との関係が深まったことにも関係するのだろうか。
晩年には、最新の歴史研究の成果を強く拒むような姿勢も見られた。「研究家と称する人々が、新資料をかざして、あれは違う、これはウソだと全否定し、語り育てられてきた歴史ロマンを突き崩しているのは、いかがなものか」。ネット上で目にした古川さんの言葉は、『走狗』や『暗殺の森』を愛読してきた私には、残念に感じられた(実は私も久坂玄瑞の史料集を編纂している最中、ある新聞上で同様の非難をされた)。
自身が描いて来た世界こそが「長州史」でり、それ以外は認めないという境地に陥ってしまったのではないか。良い意味でも悪い意味でも、古き時代の長州人を象徴するような作家であった。
(『中国新聞』平成30年5月8日号)
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